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神田明神のある外神田とは、神田川をはさんで江戸城寄りを内神田といわれたのに対するもので、
昔は地域の総称だったが、いまは内、外神田も、ともに町名となっている。
神田明神の元の町名は「神田宮本町」だった。
正式には、明治5年から『神田明神』となった神田明神は、
最初は芝崎村、現大手町の将門塚のところにあった。
それが江戸城の拡張によって慶長8(1603)年、駿河台に元和2(1616)年に湯島台の現在地に移った。
境内には、この神田明神のそば、明神下に住んでいたと言われている銭形平次の、
寛永通宝を模った石碑や、「江戸国学発祥の地碑」がある。
~銭形平次は野村胡堂の名作「銭形平次物語」の主人公である。
この碑は、昭和45年12月有志の作家と出版社とが発起人となり、明神下を見下ろすこの地に建立された。
石造り寛永通宝の銭形の中央には平次の碑、その右側に八五郎、
通称「がらっ八」の小さな碑が建てられた。~
神田明神の門横には、1864(弘化3)年創業の甘酒屋「天野屋」、「三河屋」等、お土産物屋と明神甘酒と甘酒屋が参詣の帰りを迎えてくれる。また、店に飾られる“神輿”も見ものである。
◆銭形平次Question◆
Q1 原作者は誰?
Q2 銭形の名前の由来は?
Q3 銭形平次の投げ銭は何文銭か?
◇解答◇
Q1 野村胡堂
Q2 銭高組の看板
Q3 四文銭 寛永通宝
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■銭形親分は岩手県生まれ!?■
大江戸八百八町の銭形平次親分。
皆さんご存知!多くの大衆に愛され、長く親しまれている小説「銭形平次捕物帳」。
作者は明治15年岩手県紫波町生まれの「野村胡堂」(本名:野村長一 のむらおさかず)。
また「あらえびす」のペンネームで、日本のクラシック音楽黎明期に、先駆者として大きな影響を与えた音楽評論家でもあった。
紫波町には、清流北上川をのぞみ、北に岩手山が悠然とそびえ、
西には生家が眼下に眺望できる景勝の地に故人の偉大な業績を讃えるため
「野村胡堂あらえびす記念館」が建設された。
人間として野村長一、小説家として野村胡堂、
音楽評論家としてあらえびすの、あらゆる顔の作品や執筆資料を展示している。
その他、最新の映像・音響機器により映像化された胡堂作品や、あらえびすが愛したレコード音楽を楽しむことができる。
野村胡堂あらえびす記念館
JR東北新幹線新花巻駅から車25分
JR東北本線日詰駅から車6分
東北自動車道紫波I.C.から車10分
連絡先 019-676-6896
岩手県紫波郡紫波町彦部字暮坪193-1
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